祖父への誓い
病室に集まった家族の顔を見ながら無言で頷き、曾孫である姉の子供を見つめて笑顔を見せた祖父。
僕が小さい頃、祖父が営む割烹料理屋を訪れると、そこで板前として働く父を厳しく指導する祖父を見て、僕らと接するときの祖父とは違う顔に恐れを抱いたものでした。
しかし普段の祖父は、僕ら子供の冒険心を刺激する楽しい人でした。大人の世界を覗かせてくれたり、少し危険な遊びにつきあってくれたりしました。
姉の子供に見せた笑顔は、その頃の祖父の笑顔のままでした。
祖父が始めた割烹料理屋を父が継ぎ、その姿を見てきた僕も、昨年から他店で板前の修業を始めました。
父が店を継いだ後も、祖父の代から通ってくださるお客様に、今なお変わらぬご愛顧をいただいているのは、祖父の腕の確かさだけでなく、誠心誠意お客様に向かい合ってきたからこそだと、同じ道を歩み始めた今なら理解することができます。
それは短い時間でできるものではなく、いろいろな修練や多くの犠牲を払った結果だと思います。
特に祖母は、そんなストイックな祖父を陰ながら支えていました。
祖父が人一倍の男気を発揮できたのも、祖母の、見返りを期待しない
サポートがあったおかげだったと思います。
見て見ぬふりができない性格で、そのおかげで家族を顧みず人のお世話に奔走することも少なくなかったようです。
もちろん祖父自身もその内助の功に感謝していたのでしょうが、昔気質な男の照れもあって、言葉にして祖母を労うことはありませんでした。
ところが数年前になって、ふとした瞬間に「苦労かけたね」と祖母に言ったそうです。
祖母はこの思い出を、祖父が亡くなるまで大切に胸にしまっていました。
通夜の夜、少女のようにはにかみながら「それを聞いて、思い出が宝物のようによみがえった」と告白してくれた祖母の目には、万感の思いを抑えきれずに涙が光っていました。
いつか祖父の墓前に三代目の報告ができるよう、今自分にできることに懸命に取り組みたいと思っています。
棺に横たわる祖父に花を捧げながら、「じいちゃん見ててよ」と心の中で約束をしました。
まだ歩み始めたばかりの道ですが、いつか祖父を知るお客様に認めていただけるような板前になって、祖父との約束を果たしたいと思っています。