小さな家族葬でも強い家族愛
父は85歳で生涯を閉じ、近しい人達だけで心のこもったお見送りを行い、
旅立って逝きました。
病院での最期のその時は、兄妹、子供、孫達に看取られ、
苦しむ事無く眠るように逝きました。
日頃よりよく言ってたそうです。
「もしもの時は家族葬でいい」「お前達だけで見送ってくれればいい」
「誰にも知らせる必要はない」「無宗教でいい」 と。
父は小倉で消防士として、定年まで働き続け、多くの北九州市民を守ってきました。
また、定年後は多くのボランティア活動に携わり、
北九州市内の小学校などで防災に関する知識を広める活動にも関わっていました。
地位も名誉ももっていた父でしたが、今思い返すと
家族と向き合い、「わが人生に悔いはなし」の言葉そのままだったようです。
エンディングノートも準備してましたし、「終活」という言葉には前向きな姿勢でした。
見送る側としての想いは複雑でしたが、あえて、
父の強い気持ちを尊重してあげることが最後の親孝行になると思い、
父の希望通りの家族葬というスタイルで葬儀を行なうことになりました。
“大きな式ではなく、
大きな式場ではなく、
こじんまりと自分達だけで、
自分達の手で
見送りたい“
お寺は呼ばず無宗教の形の式でした。
白木祭壇は避け、少しのスペースでも明るく照らし、写真、お花、趣味のもの
嗜好品、みんなで書いたメッセージなど、それぞれを家族一人一人が持ち寄り、
一人一人の手で飾ってさしあげました。
もちろん、言葉かけをしながら、想い出話をしながら。
開式を機に一人一人ゆっくり焼香
そして、ほんとに最期のお別れとなったときも一人一人声をかけ、
涙涙の中にもそこには家族全員でその時共有した“家族愛“が感じられました。
早春の山に煙は昇り、福岡の真っ青な空の下では鶯が鳴いていました。
ホーホケキョ みんなありがとう
そう言っているようでした。
別れは辛いものですが、父から受け継いだ力、愛、想い、を胸に
家族全員、幸せに過ごしています。
人は生をうけ、死をむかえます。
葬儀代を安くしたい訳ではない、お金がない訳ではない、
大きな葬儀になる事も視野にありました。
悩んだ末に決断した家族葬でした。
“みんなが同じ想いでゆっくりお見送りができる”、大切な事だと思います。
そんな葬儀の手伝いをしてくださった葬儀社スタッフには感謝でいっぱいです。