調理師の母
最愛の母が大好きな桜の開花を待たずに逝ってしまいました。
食堂で働きながら、女手ひとつで私を育てあげ、苦労は多かったとは思いますが、多くの人に愛された92歳の人生の最期はとても穏やかなものでした。
母のがめ煮の味は、同じように作っても何かが違う絶品でした。
母は「料理はね、小さな手間を惜しまないことが大事」と教えてくれました。
思えば、人生においても、丁寧に丁寧に生きた人でした。
家事全般や社会で自立して生きていくことの秘訣は、小さなことも丁寧に取り組む母の姿勢から学んだことが多かったように思います。
この教えは、母の味とともに、母から私へ、私から娘へ、そしてまたその娘たちへと引き継がれていくことでしょう。
孫にもたくさんの愛情を持って、多くのことを教えてくれました。葬儀のとき「桜を祭壇に飾ろうよ」と言ってくれたのは、母の孫である私の娘でした。
私が小さな頃から、毎年のように母と一緒にお花見に行きました。母お手製の花見弁当は、私の好きなものばかり。
時は流れ、いつしか私の娘も加わり、さらには娘も子供を産み、お花見は家族の恒例行事になっていきました。
ここ数年は花見弁当を女四代で作るようになり、ほかにはない貴重な時間になっていました。
晩年は「あと何回、一緒に桜ば見られるやろうね?」が母の口グセでした。娘は祭壇に桜を飾っておばあちゃんに最後のお花見をさせてあげたいと考えたのだと思います。
「祭壇には桜をくわえてください」とお願いしたものの、桜の時期には少し早く、桜が出回っているのかが心配でしたが、美しく咲いた桜を用意していただき、母も家族の集まる最後のお花見ができたことを喜んでくれていると思います。
92歳ということもあり、すでに母の兄弟も他界しているため、参列者の数も限られてしまいます。近親者だけで、穏やかに静かに見送る葬儀にしたいと最初にお伝えしたところ、まるで母を知っている方のように、こちらの意向を汲んで提案をしていただいたり、気を遣っていただきました。
こちらが忘れていることも、その都度確認してくださり、いろいろなことに気が行き届かないときだけに、大変助かりました。
おかげさまで、なんの不安もなく穏やかに見送ることができました。心から感謝しております。
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